『ルポ川崎』を読んだ

May 29, 2018


本作は帯にある「ここは、地獄か?」という謳い文句のとおりに現代のディストピアと言われる神奈川県・川崎市 (とくに川崎区) を舞台に書かれたルポルタージュ (現地報告) である。

著者が川崎をテーマにルポルタージュを書くにいたったのは、2015年から立て続けに起こった川崎中一殺害事件や簡易宿泊所火災、ヘイトデモといった象徴的事件が背景にある。 こういった陰湿かつ世間を驚かせるような事件が相次いだ川崎区を、現代日本が抱える社会的問題を象徴する場所として捉えた上で、その事件のバックグラウンド (深層) に入り込むことで「今の川崎から見えてくるものは何か」という現地取材による連載から始まったものである。

川崎市 (川崎区を含む七区からなる) は長年、東京と横浜の間に位置する土地柄を生かしてベットタウンとして開発されてきた過去を持つが、市の最南であり東京湾に面する川崎区は今でこそ川崎駅周辺の観光地化などによりクリーンなイメージを持ちつつあるが、もともとはその臨海部・工業地帯という性格から、そこで働く労働者のための「飲む・打つ・買う」を中心に発展した区である。現在でも中心部から少し外れれば、ソープランドや競輪競馬といった合法的なものからや非合法な娯楽場なども数多く営業し、それらの資金が最終的に流れつく大きな事務所も門を構えているようだ。しかし、この区に住む労働者はその地理的・歴史的背景により多様化が進み、朝鮮や東南アジアや南米と言った多文化地域としての顔も持つ。そんなある種、日本の近未来を象徴とするような町に生きる人を本作では描いている。

「川崎のこのひどい環境から抜け出す手段は、これまで、ヤクザになるか、職人になるか、捕まるかしかなかった。そこにもうひとつ、ラッパーになるっていう選択肢をつくれたかな」

BAD HOP メンバーの T-pablow は言った。彼はテレビ番組の企画で十代のラッパーたちがフリースタイルで競い合う「高校生RAP選手権」で優勝したラッパーである。彼もまたラッパーとして若者の間で名を馳せる前、川崎にいる"捕まる系"の不良少年だった。本作で取材を受ける人たち、登場する人たちの多くは本当によく捕まる。そんな彼が取材で答えたセリフの中で印象に残ったものがあった。

「オレらと同世代とか下の世代とかでやんちゃなヤツは、もともと、オレらの名前は知っていたと思うんですよ。そのへんはオレらが仕切ってたんで。逆に言うと、そいつらはオレらがどんな状況にいたのかも知ってる。だからこそ、ここまで来たっていうことが本当にすごいとわかるはずだし、それができるラップっていう表現が魅力的に見えたと思う」

ちょっと前までは家にも帰らず夜な夜な悪さをしていたような少年が、家に帰らず他所で悪さをして歩くのではなく、夜な夜な公園にあつまり熱心にフリースタイルをやる、というほどにまで影響を与えていた。本作では、ラップという新しい風が川崎の少年少女の間を取り巻いて、少しでもディストピア・川崎サウスサイドに希望をもたらすものとして描かれている。

本作で大きく扱われているトピックとして、

  • ラップ、ラッパー、ヒップホップがもたらした光
  • レイシズム系の問題、多文化地域が持つ闇
  • それに続くヘイトデモ
  • 公営競技、風俗街、ドヤ街といった歓楽街に生きる人たち
  • “川崎"の監獄に生きる少女

などが挙げられる。

もともと、連載による章立てでの取材ベースで話が進んでいる。しかし、出版にあたり大きく構成を見直した後にそれぞれのピースが他の章とリンクするような編纂が加えられており、ノンフィクションのルポルタージュでありながら、小説のように話のパズルがハマるような納得感があって読み応えがあった。 構成もさることながら、内容も上に述べたような話の比じゃないほどディープな取材、深層がブレイクダウンされていて、終始緊張感を持ちながら読み進められ一気読みしてしまった。今年読んだ本の中でもかなり面白く、“川崎"の今と過去、そしてそこにあった (そして一部は今もまだある) 事実をリアリティを持って知ることができるいい本だった。

とりあえず読んだほうが良い。